鶴川教会へ ようこそ!
鶴川教会は、プロテスタント教会(新教)である日本基督教団に属する教会です。現在は小田急線鶴川駅よりバスで15分ほどのところの町田市薬師台の閑静な住宅地の中にあり、古代教会風の会堂に毎週70名ほどの老若男女が集い礼拝をしています。鶴川教会の目指しているものは、開かれた教会です。ぜひ一度覗いてください。お待ちしております。
鶴川教会 牧師 瀬戸英治
平和にこだわるわけ
聖書を初めて読むと、特に旧約聖書を読むとそこには戦いの連続であることに驚くでしょう。そして「神を信じるもの」には勝利を「神を信じない人」には罰としての敗北が与えられるような物語が沢山見つけるでしょう。
イエス・キリストを信じるものは誰でも「平和を愛する」ものであるというイメージからすれば、随分かけ離れています。
ではどこからキリスト教=平和のイメージが生まれたのかといえば、やはりイエス・キリストご自身の言動からだと思います。
一番は「あなたの敵をも愛しない」(マタイ福音書5:43〜48)にあります。同じく「誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をもむけなさい。」(同5:38〜42)です。これらはインド独立の父といわれるマハトマ・ガンジーの無抵抗主義や黒人解放運動の指導者マルティン・ルーサー・キング牧師などの行動を突き動かしたと言われています。
またイエス・キリストは、ローマにより十字架刑に架けられて行きますが、一切抵抗をしなかった。そればかりか自分を十字架に釘で打ち付けるものにでさえ「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」(ルカ23:34)と神に祈っているのです。教会はこのイエス・キリストを「平和の君」(イザヤ書9:5)としてあがめ、その誕生を古来から祝ってきたのです。
残念ながら教会の歴史は平和の歴史ではありませんでした。教派の争い、権力闘争、そしてなによりキリスト教のみを正しいとして異教徒との戦いを「聖戦」として奨励さえしてきました。キリスト教が国家主義・民族主義と結合するとき、戦争を引き起こしてゆく大きな力となったことも否めない事実です。
鶴川教会の属する日本キリスト教団は、日本国が戦争を遂行する必要からプロテスタント教会を統合するためにできた教会です。平和を作るどころか、勝利を祈り、戦闘機さえ寄付し、教会員に「あらひとがみ」である天皇を礼拝するよう求めました。この苦い経験から二度と戦争を起こさせない、協力しない、平和的解決を求めていくことを誓ったのです(1967年の戦争責任告白)。
イエス・キリストを信じるものは、みな平和を作り出す使命を与えられていると思います。たとえその力は微々たるものでも、平和のために祈っているものがある。そのことを大切にしていきたいと思います。
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